第一章 整理
五月晴れなど一昔前の話と感じるほど、雨が多い五月。
待合室は込み合っていた。名前が呼ばれるまで、暇つぶしに頭の中で候補にあがっている3つの店からひとつに絞り込む作業に没頭した。
大島屋のチャーハン、パラパラとした米に溶け込む柔らかいが腰があるチャーシュー、北朝鮮の軍隊のようにきれいに正立したネギたち。口の中にほうばると思わず、中華万歳と叫びたくなる一品。
瀬尾屋のビフカツも捨てがたい。
あのレアな肉を包み込む剥がれそうで剥がれない薄い衣も粗塩をつけて口に放り込むと人間万歳と呟きたくなる一品。
でも、佐藤の親子丼も見逃せない。
大山鳥と光卵を使い、自家製出汁を加え、子鍋で3分がまん。
炊き上がったら、硬めで炊いたごはんに乗せ、三つ葉を乗っけて、ふたをする。
1,2分の頃合ごろ、ふたを開け、黄金色になったどんぶりを見つめると、あ~たまらん。
先生「○○さん、第一診察室にどうぞ。○○さん~!」
私「あ!いけね、よだれが。」
先生「はい、○○さん、お待たせしてすみませんね。」
私「いえいえ。」
先生「どうぞおかけください。」
私「はい。」
先生「こないだの検査結果の画像なんですけども、わかります?
このCTに写っているこの部分。」
私「え?はい。」
先生「この、影のところ。わかりますよね?
ま、最近のCTの技術が発達しすぎて、見えなくていいもの、見えるようになったのもちょっと問題ですが、これは、はっきりわかりますよね?」
私「ええ、まあ。
で、その~あの~、先生のお見立ては?」
先生「そうですねぇ。はっきり言いましょう。
余命1年。
今のうち整理することは整理しておいてください。」
候補の3つの店はあきらめ、駅の近くの立ち食いそばをすすりながら、整理することを考えてみたが、考えられることは、このそばにもっと腰があり、香りがしてほしいということだけ、だった。
今のうちに、やりのこしが無いようにと言う方は、勝手で簡単だが、言われた方はたまらない。
○○さん、手術をしましょうか?
それとも、抗がん剤の治療をやりますか?
はたまた、放射線でもあてましょうか?
それとも、お金はかかるけど、民間療法でもやりますか?
などと、アイディアを出してくれれば、少しは前向きになるのだが、打つ手無しですか?の質問に、ニコリともせず、冷たい視線で、机の引き出しからタバコと灰皿をだし、吸いますか?と、禁煙してかれこれ20年がたちます、と呟くと、いまさら健康に気を使ってもしかたないでしょう。とあっさりこっちを見て言ったのを思い出した。
そのとき、ふと、整理することが思い浮かんできた。
ふやけたそばを食べるのをやめ、どしゃ降りの雨の中、傘もささずに、色あせきった街に飛び出した。